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日本に学ぶ食の知恵「山を育て、野を耕し、海で貯える」 vol.03 限界集落 その3

茶畑のある景色を守るために町から移り住んだ岸本さんの話
仁淀川。
高知県西部に位置しているため四万十川の陰に隠れて目立たないが、その清流の勢いについては勝るとも劣らないほど力強い。この上流部に沢渡という集落がある。谷深く切り込む仁淀川を見下ろすところに位置するため、水蒸気が豊かであり、かつ一日の気温差のもあり、お茶作りが昔から盛んであった。
高知県のお茶は生産量も多く、質も良い。かつては静岡茶に多くブレンドされていたが、昨今の産地限定への取り組みからそこに使われることが少なくなり、残念ながら昔のような活気はなくなってしまった。生産しても売れないとなれば後継者が居なくなってゆくのは当然で、この地は必然的に限界集落の仲間入りをすることとなる。
この静かな地域がとてつもなくにぎやかになるときがある。 旧暦の1月18日(今では2月11日)には町に出ていた若者や親類縁者が大勢集まり、山谷は幸せな笑顔で溢れる。有名な秋葉祭りだ。
今、この祭りにおいて火消し装束で鳥毛ひねりという大役を担う若者が居る。
岸本憲明さんがその人。彼は祭りの日だけここにいるのではない。おじいちゃんが育ててきた山を守るために、高知市から家族皆なで引っ越してきた肝入りのお茶農家だ。
「小さい時から秋葉祭りが楽しみでした」と明るい笑顔の岸本さんは、こうも語る。
「沢渡の景色を守り、新たな労働を生めるような産業力をこの地につけたい。」
この想いは熱い。

しかし越してきたころ、「若い者が意気高らかに来てくれた!これでこの地区も将来が明るいぞ」と、なかなか周辺の方々は思ってくれなかったという。高齢者は頑固だ。この頑固はプラスにもはたらくが、時として壁を作り上げてマイナスともなる。以前、高知工科大学で限界集落の調査研究をされている武村さんと「何故、年を取ると頑固になるのか」というテーマで意見交換したことがあり、その中で印象に残ったコメントがあった。「年を重ねると、今がとても大切で、それを守ろうとする意識が高くなるから頑固になる」。つまりこの場合、彼の強い気持ちは、高齢者の日常とは全く違うスピード感で目に映ってしまい、歩調をあわせられない結果だと容易に推察できる。言い換えると、スローライフの洗礼でもある。
しかし、岸本さんはひるまない。沢渡のために一直線。迷いはあっても陰りはないのである。その気持ちを牽引するのは、お茶畑のある素晴らしい景色を肌で感じることが出来るようなお茶を、なるべく多くの人々に飲んでもらおうとする努力であり、またそれを後世に伝えてゆくことの楽しさそのものなのだ。

限界集落は、決して産業が廃れているところではない。今もきちんとした営みの中で役目を粛々と果たしている生きた場所である。言い換えると、人間が出来る事の限界を知る人々が住む地域であるとも言えよう。
雪が舞う昼過ぎに伺った際、岸本さんのおばあちゃんはもてなしにと「じゃがいもの炒め煮」を作って待ってくれていた。「何もないとこだから、こんなものしか出せませんが」と前置きして出してくれた料理を口に含むと、芋の甘さと醤油の香りが口全体を優しく支配し、のどの奥に温かい流れとなって胃の腑に落ちた。特筆すべきは、これとあわせ飲んだ番茶の美味しいこと。
1種類の茶葉と、1種類の野菜というシンプル極まりない組み合わせでありながらも、織りなし変化する味に果てなど到底無いことを痛切に感じさせてくれる瞬間であった。限界集落に「味」の限界はないのである。

岸本さんは1982年8月9日生まれらしい。偶然にも私と生まれ年は違うものの月日が同じだ。こうなるともう放っておけない。
みなさん、沢渡のお茶をたくさん飲んでください!

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