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最注目「今月の逸品」日本・さしすせそばなしーお酢編

その2・・・甕で作る「宮崎の黒酢」

くろずのルーツ・坂元醸造から車で2時間ほど北東に走ると、宮崎県東諸県(ひがしもろかた)郡というところに着く。ここは元々薩摩藩であったが今では宮崎県の中であり、国富町と綾町の二つの町で構成される。位置としては、宮崎市から1時間ほど北西に入った山間の地だ。この綾町に甕造りの黒酢がある。
綾町は名水百選に選ばれる「綾川湧水群」を有するところ。つまり由緒正しい美味しい水があるということだ。綾川湧水は、九州中央山地に自生する照葉樹林に貯えられた水が、ゆったりとした時間をかけて山を浸み下って湧き出たものである。照葉樹林は冬に葉を落とさないため、木々の下にシダや苔などが生えやすく、天然のフィルターたちが群れる。そこを通る水の栄養分は多くなり、当然のことながら流れ込む先の海も豊かな漁場となる。
残念ながら日本は林業の発展のため、多くの照葉樹林を伐採し、杉やヒノキを植えてきた経緯がある。そのため、今では綾町のような水が出るところは、数少ない地域となってしまった。

大山食品。
昭和5年創業のお酢醸造場である。ここは大きな甕でお酢を仕込むが、坂元醸造との差として一見壺と甕という仕込み方法だけが目立つのだが、実は細かいところで全く違うものになっている。材料はほぼ双方同じで玄米と米麹、そして水だ。水は坂元醸造も大山食品もほぼ同じ硬度40度強。玄米は近隣米ということでこれも同じと言える。
決定的な差が麹の種類。坂元醸造では黄麹で、大山食品は黒、または白麹を使用する。麹には沢山の種類があるが、主に寒い地方で日本酒を作るときに使用するのが黄麹だ。黄麹は暑さが厳しい地域の酒造りには不向きな麹であることは、鹿児島の焼酎メーカーが、かつて黄麹を使っていたため不安定な焼酎を生産し苦慮していた時代があったことを鑑みてもよく理解できる。
(坂元醸造のミラクルさは、この黄麹を仕込みに使用していることにもあるが、その話はまたの機会に!)
世紀の大発見である暑さに強い黒麹、そして甘味が出やすい白麹の登場は、酒造りを大きく変えたが、大山食品は黄麹ではなく、黒麹、そして白麹を選択した理由は、単に時代に乗ったというような安直なものではない。実は甕の入手方法にそのワケがあるということが分かった。
大山食品が所有する300本もの大甕は、元々焼酎の一次発酵用仕込甕であったものを、新しく優秀な麹のおかげで売上を伸ばしつつ合理化を図るがために、管理が容易い金属製仕込槽への切り替えてきた酒造メーカーから、「捨ててはもったいない」と大量に買い受けた(貰ったのかも・・・)ものばかりである。よって、その甕の中に住み着いているのは黒麹か白麹の名残りや独特の酵母であり、当然ながら大山食品は使用する麹を甕に応じて、黒か白に選定しなければならなかったわけだ。
そしてこの甕と麹の因果関係に加え、大山食品は一つのミラクルな手法を手に入れていたことに行きつく。

ミラクルな手法は次の黒酢仕込手順に見ることが出来る。
大山食品の黒酢造り行程はこうだ。
甕に種酢(前に作ったお酢のもろみ)を入れ、黒麹でつくった米麹を入れる。蒸した玄米を入れて、名水を注ぎ込む。全体をなじませた後、表面に振り麹(米麹で液の表面を覆う作業)をし、真っ赤に熾った炭を数本投入してすぐに紙蓋をし、仕込日を記載。その紙蓋の中心にきれいに光った五円玉をそっと置いてから、傘のような蓋を被せて、半年間お酢になるまで待つという方法だ。ただ半年放置して待つというのではない。時々は様子を見て世話をするのだが、大きな甕は小まめな世話はかえって不向きなようで、ある一定の時期が来るまでじっと待つのである。その目安となるのが、先ほど置いた五円玉である。
アルコール発酵した玄米は当然熱をもつため、水分を蒸発させる。また、気温が上っても同じことだ。それが時間をかけて紙蓋を通して上がり、五円玉を次第に錆びさせる。やがてそれは綺麗な緑青となる。そうなれば完成という寸法だ。(緑青は無毒であることは1984年に立証済み)

ミラクルはというと、そう、「真っ赤に熾った炭の投入」という技法なのである。
現在の主である大山社長に何故、真っ赤に熾った炭を投入するという、一見野蛮に見える技法をとっているのかという質問をしたところ、「明確な答えが分からないのです。ずっとそうやってきたので、変えることが出来ません。ただ、炭の多孔性を利用しているのではないかと思います」とのこと。知って知らないふりをするのが経営者だが、大山社長も正にそのようだ。
炭は1グラムで概ね80坪(264㎡)の表面積がある。1回に投入する炭が2本強ということは重量にすると少なくとも200gは下らない。つまり、16000坪(東京ドームが14000坪)という広大な面積の培養地を投入していたのだ。そんなところに余分な雑菌や微生物が着いていたら、さあ大変。味はどんどん変化してしまう。そういう乱れを防ぎつつ、米麹たちが焼酎の仕込み時代から居着いている酵母たちと甕の中で幾重にも同居できるように、炭という新しい住み家をしのばせていたのである。
かくして大きな甕で仕込むというダイナミックな技法も、小さな壺仕込みに勝るとも劣らない繊細さを伴うのだ。

そんな親心が光る大山食品に「綾の黒玄米酢」がある。黒麹と玄米を組み合わせた黒酢だ。香りが穏やかでアミノ酸も豊富な代表選手といえる。この黒酢、実は昔ながらの棒寿司にめっぽう合うのだ。いったんこれを使うともう止められないので、作り方を伝授するにも気を使うが、簡単に述べると下記のようになる。
ごく一般的な米酢にこの黒玄米酢を10対3で混ぜ合わせ、砂糖や塩、昆布などで味付けし、熱々のご飯と混ぜる。酢〆した背の青い魚と重ねあわせて棒状にし、布巾などで少し強く巻き込み全体を常温で1時間~2時間ほどなじませる。こうしてつくられた棒寿司は、時間の経過とともに、どんどんその味を深くする。
江戸前にぎりのように瞬間的な寿司でもこのシャリは美味しいのだが、私から言わせるとやや不十分。押されてゆっくりと馴染んでゆく魚と米の旨さが際立つ「押し寿司」こそ、長い時間をかけて甕の中で仕上がった旨い黒酢がみせる、時間に対する強さの表れなのである。

坂元醸造は伝統を守るため、先進の化学力と機器を用いて得たしっかりとした数値を、人が行う五感に頼る管理方法へそっと添わせる。
大山食品は与えられた環境に沿わせることで、その時々に変化する事象を甘受し、時代に適応する商品化を進めている。
この二カ所が結び北進する「黒酢ロード」の延長線上には、別の「さしすせそ」との重なり合いによる美味しいツボが沢山あるに違いないと思うと、まったく心が落ち着かないのである。

絶品の味である。

甕で作る「宮崎の黒酢」:写真 甕で作る「宮崎の黒酢」:写真
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