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最注目「今月の逸品」  vol. 09
日本・さしすせそばなしーお酢編

その1・・・壺で作る「鹿児島のくろず」

甕と壺。
この差をご存知だろうか?
何やら難しい定義もあるようだが、ずんぐりとした形状が壺であり、壺の中でも少しスラリとしたものが甕のようである。いずれも液体などを溜めるものであるが、概ね長期間にわたり中の物を蓄えておくことがこれらの「用」である。

鹿児島県霧島市福山町。ここには壺で作る黒酢がある。
宮崎県東諸県郡綾町。ここには甕で作る黒酢がある。
前者の壺は全て内容量が54ℓと定まっており、後者の甕は200~500ℓと大きくその量の幅も広い。ただ共通していることがある。それはどちらも中の水分が呼吸できる焼き締め具合の陶器であるということだ。

壺で独特の黒酢造りを行っているのは坂元醸造。食に造詣が深い方ならすぐに分かるほど有名なお酢の醸造場である。錦江湾の奥に位置し、まるで噴煙たしなむ桜島を独り占めしているような絶景をも栄養にしている「お酢造りの畑」は、周りを適度に山々で囲まれているため風水害に強く、長期にわたり安定してお酢を育て続けることが出来る。
正にこのお酢造りは「育てる」という表現が似合い、その実、仕込まれたお酢そのものを「子供」たちと現場で表現している。
「子育ては毎日毎日顔を見ながら、今日の調子はどうなのか、機嫌はよいのか、育ち具体はどうなのかと、愛情込めて世話をすること」と、工場長の蔵元さんは胸を張る。
10枚の「お酢畑」に整然と並ぶ54ℓの壺は、その数およそ50000本。これら全てを手分けして4人1チームの技師たちが撹拌棒を片手に、毎日一壺ずつ見て回る。
蓋をあけ、中敷きの紙を取り除き、中の様子を香りやその姿をまず確認。そしてそっと耳を壺に入れて音を聞き対話する。その具合を感じながら、竹で出来た撹拌棒で「子供」の成長を促すように優しく液体の表面だけをかき混ぜつつ発酵や熟成を手助けしている。
仕込からお酢という姿になるまで6か月。それから熟成を進ませ1年目から3年、樽熟成を経るものは5年もかけて出荷され、私達の健康を支える大切な「さしすせそ」の「す」となるのだ。

坂元醸造が造る黒酢の原材料は、三分搗きの玄米、黄麹で作った米麹、そして地下水である。まず米麹を壺に入れ、温かい蒸し玄米そして地下水を注ぎ込む。軽く全体をなじませてから「振り麹」という麹で水の表面を覆う作業を行う。春仕込と秋仕込があり、太陽のエネルギーと人のいたわりをうけながら、仕込む季節の差を無くすように仕上げられてゆく。
既述したように6ヵ月を過ぎる頃、壺の中で生まれたアルコールは白ワインのような色合いの若酢の状態になり、ここから熟成が始まる。1年経つと琥珀色になって、次第に濃いキャラメル色へと進み、フルーティーさがたっぷり残る若酢が、紹興酒のような深みのある良い香りとなるのだ。

さてここで一旦酸味について少し話しを進めておこう。
私達が「酸っぱい」と感じる要因はいろいろあるが、最も一般的なものは酢酸で多くの穀物酢がそれにあたる。りんご酢などの果実酢はクエン酸であり、梅酢もこれだ。
坂元醸造の黒酢はどちらでもない。米を原料としているのに全く違うかたちで酸味が生まれ、これがアミノ酸と共に旨味となって口の中に広がる。中国で有名な鎮江香醋とも異なるため醸造学者たちの間で研究材料となり、今では「世界でただ一つのお酢」と呼ばれるようになった。
正にここが黒酢のルーツなのである。

このようにして生まれてきた黒酢はどんな料理にも合うが、もっともその力を発揮するのは脂との相性を試す時だ。産地が産地故、当然のように豚肉と合う。それも黒豚との相性は抜群だ。ここでは、この芳醇な黒酢を使いつつ、最もポピュラーな料理である酢豚の美味しいレシピをご紹介しよう。これは絶品の味である。

【鹿児島産黒豚のくろず酢豚】
用意する材料
・坂元のくろず    ・塩        ・水溶き片栗粉
・坂元のくろず天寿  ・豚肉(肩ロース)   ・ごま油
・黒砂糖       ・小麦粉      ・揚げ油
・ザラメ糖      ・鶏ガラのだし汁  ・ラード

まず3年熟成の黒酢(くろす天寿)を半量まで煮詰めたものと、1年もの(くろず)を1対1で混ぜ合わせたものを用意する。これに、黒砂糖、ザラメ糖、塩を混ぜて酢豚のベースを作っておこう。少し甘い位がよい。
4~5㎝角と大振りに切った豚ばら肉に塩をすり込み、肉の半分が浸かる程度の鶏ガラスープと共に圧力釜に入れ、15~20分火を通す。肉は一度粗熱をとり、小麦粉を全面にまぶし、やや高めの温度の油で揚げる。
鍋にラードとサラダ油を温め、酢豚のベースと豚肉の煮汁を入れて軽く煮詰める。水溶きの片栗粉を入れてトロミをつけ、揚げた豚肉を入れてさっと絡め、仕上げに少しのごま油を垂らせば出来上がり。

 

野菜はなし。淡い黒色に輝く餡と豚肉があるだけである。それは口の中が火傷しそうな位に熱々で出来れば申し分ない。
一旦これを口に含めば芳醇な黒酢の香りと共に、口の中で豚肉がとろける。酸味は甘味と混ざり合い、ツヤのある深い味わいとなって次第に胃の腑におちてゆく。心地よいのは喉の奥から鼻腔に抜けてゆく残り香だ。余韻という優しい表現を越えた味わいがそこにある。

長きにわたり守り続けられた独特の製法は、薩摩焼の壺を太陽にさらすことで得た奇跡の証である。この奇跡を将来に残すためには、天地の変化を人が受け止め、仕上りが変わらないように心を砕きながら米と麹、そしてまた人に伝えなければならない。そして当然のようにこの大きな責任のことを、「壺畑」の耕作人たちは知っている。
美味なるくろずの恩恵を口にする私達は、彼らの仕事が少しでも平穏に続くよう、頑固なほど地球に優しくしてゆかねばならないのだ。

その2の、甕で作る「宮崎の黒酢」)に続く>