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最注目「今月の逸品」  vol. 11
日本・さしすせそばなしーみそ編

旨いご飯と育った味噌、新潟みそ

「おらだりのところでは茶は飲まねぇ。」
夜ご飯のとき、知人宅でご馳走になっていたのだが、関西生まれとしてお茶はご飯の必需品。ついご飯を流し込もうとお茶を欲しがった際、周囲に一喝された言葉である。
場所は新潟県岩船郡越後下関(当時)。大みそかの夕食時の出来事だ。もう30年以上も経つ。
当地ではお茶は団欒の時間にたしなむものであり、食卓では、熱々のご飯に日本酒か味噌汁ということになるらしい。そうとは知らず発した言葉に対して異口同音に返答がきたものだから、茶がゆ文化で育ったこちらとしてはたまらない。それでは、と、仕方なく口にした味噌汁の味にびっくり。実に旨い!その余韻に浸ろうとしていた瞬間に、「まぁまぁ、自分のペースで」と「越の誉」一升瓶のお尻を上げてこられて、また一杯。そして一杯。知らぬ間に3人で3升を越え、おぼつかなくなりそうな足でトイレへとたった時、通り抜けねばならない台所で大きな味噌の包装紙が目に入った。
「石山」と。
意識朦朧としてきた辺りでそれが本当の名前やら、どうなのかは不明であった。

いつもお世話になっている良品計画が企画する「FOUND MUJI」に関する日本の味噌を下調査中、ふと目にとまった味噌製造会社があった。「石山味噌醤油株式会社」、場所は新潟県新潟市である。
「もしやこれは・・・。」
味噌には材料別にすると大きく3種類がある。やや荒っぽい分け方だが、ほぼ全国的に広がるのが米味噌。中部地方に八丁味噌に代表されるような豆味噌。九州が麦味噌と言える。新潟県はもちろん天下の米どころ。米味噌文化の真っただ中だ。米味噌の石山味噌醤油、いよいよ気になるのである。

さて、味噌屋は醤油屋などと異なり、大きな味噌屋から町の一角にあるような小さな味噌屋まで昔よりは数は減ったもののまだまだ数多く残っている。そうして小さい味噌屋でも生きていける所以は、味噌は「嗜好性」が高い食品であるからだ。手前味噌とは、自家製味噌が一番旨いと内心自慢する気持ちをたとえた言葉だが、その家庭が数ある中から好んで買い求める味噌も「手前味噌」な味と言える。言い換えると、作り手も多くの個性を持ち、買い求める方も多くの個性があるため、様々なマッチングが味噌文化を守る力となっている。

石山味噌醤油株式会社。創業明治39年という老舗だ。その工場の建屋は後世に残すべき「有形文化財」に指定されているが、今もしっかり現役で、そのお腹にたっぷりと美味しい麹発酵の香りを溜めこんでいた。訪れたのは10月の中旬。心地よい乾燥した風が通り抜ける季節である。もうすぐすると新米が到着し、来年の為の味噌作りが始まる。石山さんは「土用湧き」という技法を用いた味噌作りが特徴だ。冬から春に仕込んだ味噌が真夏の暑さで沸き返る。そうすることで力強く風味の高い新潟みそが出来るという寸法。米どころ故の「米麹」の風味を熟成させる昔からの杉樽の中で繰り広げられる微生物のパラダイスは、味へのプロローグだと言えよう。最近では、この微生物たちの働きで生まれた旨味を雪室で熟成させているが、こういうたゆまぬ努力と新しい取組みが歴史を支えるのである。

石山味噌醤油さんは飲食店も併設している。「竈屋治四朗」(かまどやぢしろう)がそれだ。店名は創業者の名前という。土日しか営業していないが、「地獄炊き」で炊かれるご飯と、自前の味噌で作った味噌汁がメインの定食屋である。この地獄炊きという聞き慣れない炊飯方法とは、その昔、工場のまかない担当だった亭主が少しでも早くたくさんのご飯が炊けるようにと考えたそう。羽釡で水を沸騰させ、前日に浸漬させたお米と少量のお酒を一気に入れ蓋をし、中火にして10分。少し蒸らして出来上がりという簡単なもの。面倒な火加減は不要のその出来上がりは、見事なものらしい。(残念ながら取材日は休業で食べられなかった・・・)
ここで「おっ」と気づくことがあった。沸騰しているところにお米を入れて炊くというのは、お茶事の時、亭主が招いた客に出すご飯と同じであるということだ。大阪の堺で生まれた茶の湯作法で炊く方法と、この新潟で炊かれる方法が同じであるのは単なる偶然か・・・。
どうやらそれは「北前船」が大きく関与しているといってよいと私は考える。日本海を繋ぐ交易船である北前船は関西に出汁の文化をもたらしたが、逆に関西の食文化を北に伝えた。茶懐石が登場した時期は北前船よりずっと前のことであるから、間違いなく西から北へとこんな具合で伝わったはずだ。
「おい、大坂の茶の湯で出される飯は、炊かずに茹でるらしいぞ。それで美味しく炊けるらしい。」
「へぇ、じゃ、船の上で忙しい船乗りには、てっとり早くてええかもなぁ。」
かくして越後の地へ海からやってきたこの話は、港に近いここの蔵人たちに伝わり、こりゃ便利!とばかりに定着したのではないだろうか。あくまでも憶測の域は出ないが、ロマンがあり、かつ、説得力のある噺である。

「おらだりのところでは茶は飲まねぇ」といった越後下関の人々。印象深かったのは彼らのお茶の淹れ方が、時間をかけて香りと味を愉しむ煎茶道そのものであったことだ。
茶の湯のご飯とお茶という組み合わせに対し、ここではご飯に味噌汁。そしてゆったりとしたお茶の時間。西にある独特な米の炊き方とお茶のたしなみが、米作りの本場に足跡をのこせたのは、きちんと緩急をつけて暮していたこの地の人々が求める心の豊かさの表れであるように思える。
石山味噌醤油さんの味噌は、県下で一番の製造量らしい。それも割安な1キロ袋が売れるという。30年前、大みそかに見たあの「石山」の文字は、つつましく暮す農民たちにとって、特別な日でも確かな毎日の味を届ける文字(ブランド)として、きっとそこにあったに違いない。

 

石山味噌醤油株式会社
有限会社樽一本店
甕屋治四朗
新潟県新潟市中央区湊町通り4ノ町3356
※土日祝のみの営業
「天然醸造みそ「土用湧き」雪室貯蔵」1キロ1365円